eスポーツ界を輝かせたスターを挙げるときには、絶対に欠かすことのできない選手が数名います。キムテギョン[Bisu]もその中のひとりです。プロトスの選手の中で、未だに彼の名声とキャリアを超えた選手はいません。キムテギョン[Bisu]ほど多くの関心と話題を集めた選手は、いなかったのです。キムテギョン[Bisu]は「ポスト・イムヨファン[SlayerSBoxeR]」と呼ばれ、最高の人気を博しました。
そんな彼が今では「伝説」となりました。先日、引退を宣言したからです。引退を宣言すると同時に、不本意ながら雲隠れ(?)をすることになってしまいました。最高の選手であったキムテギョン[Bisu]が引退したというのに、どこを探しても彼の心境や今後の計画を知ることはできませんでした。引退後、数多くのインタビューがメディアに掲載された選手たちとはまた違った動きでした。
そうして姿を隠していたキムテギョン[Bisu]が、ついに口を開きました。普段からインタビューを楽しんでやるタイプではない性格であるうえにプライドも高かったため、StarCraft2(以下SC2)でこれといった成績が出せなかった状況で引退インタビューをすぐにすることを、キムテギョン[Bisu]は負担に感じるであろうと考えました。そこで気持ちを整理する時間を与え、時が来たと思ったときにキムテギョン[Bisu]に電話をかけたのです。
キムテギョン[Bisu]の声は、意外に淡々としていました。インタビューを要請する記者の問いに、「分かった」と快く(?)許可(!)してくれました。引退直前に数多くのインタビュー要請を拒否したキムテギョン[Bisu]でしたが、このままファンに何の話もせず辞めるのは礼儀がないと考えたからだったようです。
引退が正式に発表されてから、3週間ほど時が過ぎたからでしょうか。心がとても軽くなった様子で、キムテギョン[Bisu]はインタビューで始終言葉に詰まることがなかったのです。自分の考えをどんどん話し始め、むしろ記者が慌てはじめました。これまでキムテギョン[Bisu]にインタビューしたときとは、全く違う雰囲気だったからです。
テンションが上がっていたのか、それとも引退したからなのか、eスポーツ界に向けた苦言も惜しみなく語りました。そして彼がどれほどeスポーツやファンを愛していたのかを、改めて感じることができました。
「思い出だけを語るのは嫌でした」
キムテギョン[Bisu]が引退に関するインタビューを断った理由のひとつでした。SC2でこれといって良いところを見せられなかった状況で、StarCraft:BroodWar(以下SC1)のときの思い出だけを語るのは嫌だったとのこと。しかも心の整理ができていない状況で何を話せばいいのか思い浮かばず、インタビューを断らざるを得なかったそうです。
「プロゲーマーが今を語れず遠い過去の話だけを思い出して語る姿がファンの目に、そして自分自身の目にも良く映らないと思いました。思い出話だけでインタビューを続けるのは限界がありますよね。将来についても現在についても語らなければならず、その部分に関して思考の整理が必要だったと思います」
キムテギョン[Bisu]は引退後、彼の話を聞くことができず残念がっていたファンの声を知らなかったわけではありません。しかし、彼にも時間が必要でした。プロゲーマーとして過ごした数年の歳月を振り返り、それに対する思考の整理と今後何をすべきかという悩みついて考える時間が、彼にとっては切実なものでした。
「誤解しないでください(笑)。もちろん、僕の性格のせいで皆さんが心配して誤解した部分もあるでしょうけど、わざわざ雲隠れしたわけではありません。ファンの皆さんにどんな言葉を伝えるか、どのように今の状況を話すべきか悩んでいただけなんです。もちろん、その悩みがすべて解決したわけではありませんが、少なくともファンの皆さんに言いたいことを伝えることはできると思います」
形式的な定型化されたインタビューになると思っていた記者の考えを、見事に吹き飛ばしてしまったキムテギョン[Bisu]。これまでになく率直にありのままの姿で、自分の話を少しずつ打ち明けました。そして、プライドの高い彼が伝えようとした心は、ファンの心を泣かせるのに充分でした。
「ファンが離れたら、気持ちが離れました」
キムテギョン[Bisu]は、SC1が誰よりも好きでした。ゲームが好きすぎてプロゲーマーになったキムテギョン[Bisu]にとって、SC2に転向しなければならなくなった状況はつらく押し寄せてきました。しかし何よりもキムテギョン[Bisu]がつらかったのは、一人二人と去ってゆくファンの後ろ姿を見つめることでした。
「表面的に表現はしませんでしたが、正直、ファンの皆さんにはいつも感謝していました。ファンでいっぱいに埋めつくされた競技場に入ると胸がドキドキして、ファンの歓声を聞きながら試合をすることがどれほど幸せだったかわかりません。喜びが感じられるから、つらい状況でもプロゲーマーを続けることができました。ファンの皆さんは僕の心をときめかせてくれる燃料のような存在でした」
しかしSC2に転向したことにより、ファンは急速にプロリーグから目を背け始めました。わずか1か月も経たずして、会場を訪れるファンは半分以上減ってしまいました。瞬く間に起こった出来事に、キムテギョン[Bisu]は我に返ることができなかったと告白しました。
「僕だけでなく、他のプロゲーマーたちも同じだったと思いますよ。ガランとした競技場を見ていると、本当にゲームをする面白味が感じられないんです。誰も見てくれないのに、ゲームを頑張る意味が見つけられませんでした」
ファンがこれほど急速に目を背け始めるとは、キムテギョン[Bisu]を含めすべての人々が予想だにしませんでした。キムテギョン[Bisu]は、初期にはある程度ファンが減っても少しずつ活気を取り戻すだろうという期待をしていましたが、そのまま下り坂を歩き続けるのを見つめるしかありませんでした。ファンが離れた喪失感は、むしろ多くのファンがついていた選手たちにより強く押し寄せてきたのです。
「ファンが離れ続けていくだけの場所に残ってゲームをすることに、何の意味があったでしょうか。心が空っぽになった感じでした。SC1時代を経験した僕としては、寂しさが消えませんでしたね。これ以上プロゲーマーを続けることに、僕の心がときめかなかったんです」
キムテギョン[Bisu]は、こだまですら戻ってこない叫びを終わらせなければならないと決心しました。そしてシーズンが終わるころ、引退を少しずつ念頭に置きました。キムテギョン[Bisu]にとってプロゲーマーを続ける最大の理由がファンの応援であったということを、本人さえも今になってやっと気づいたのです。
「テクベンリッサン(TBLS)」としての負担は「想像以上」
興味深いのは、キムテギョン[Bisu]が引退の決意を伝えたときに「ベンリッサン」の反応が全員同じだったということでした。誰ひとりとして「なぜか」と問いませんでした。似たような境遇にあった三人は、皆うなずいていました。なぜ引退を決意したかあまりにもよく分かる三人だったため、キムテギョン[Bisu]を止めることも説得することもできなかったのです。
「正直、今すぐに(イ)ヨンホ[Flash]や(ソン)ビョング[Stork]さんが引退を宣言しても全く不思議ではないでしょう。彼らを知っている人なら誰も驚きませんよ。それだけ僕らの受けたストレスは、想像以上のものでした」
もしキムテギョン[Bisu]が練習生あるいはチームの主戦力程度の地位だったら、引退を宣言していないかもしれません。しかしキムテギョン[Bisu]にはeスポーツ界で最高の選手と呼ばれる「テクベンリッサン」という修飾語がつきまとい、彼の一挙一動に関心を持って見守る大勢のファンが存在しました。
「何かを見せなければならないというプレッシャー、1試合負けただけでも感じられる重厚感や挫折、そしてこれからもそれがずっと続くという予想は、僕の心をさらに疲れさせました。良くなるだろうという希望が存在しないのにプレッシャーは強くなり続けていき、本当につらかったです」
人知れずため息を何度もつきました。自分だけでなく、現在「ベンリッサン」皆が同じように悩んでいるだろうと心から気の毒がっていました。キムテギョン[Bisu]は、「テクベンリッサン」という名前だけで他の人よりも多くの重荷を背負って未来を切り開いていかなければならない彼らの痛みと苦しみを、ファンの皆さんに少しでも分かってもらいたいという気持ちが大きいのです。
「僕はその負担を振り切ることができず引退をしましたが、残っている選手たちはもっと立派な姿を見せてくれたらいいですね。ファンもそれを願っているでしょう。ただ、今は彼らに非難の矢よりも応援の言葉をひとことかけてくれたら良いなと思うんです。ファンの愛こそが、プロゲーマーが生きていく理由だからです」
「僕も幸せになるから、eスポーツ界もファンの皆さんも幸せになって」
あまり涙もろくないキムテギョン[Bisu]ですが、引退を決定してから関係者や同僚たちに「これまで本当にお疲れさま」という声をかけられたとき、涙がどっとこぼれたそうです。キムテギョン[Bisu]は気づいたのです。自分が幸せな姿を見せなければ、これまで応援してくれたファンやeスポーツ関係者の応援に報いることができないという事実にです。
「今考えてみると、とんでもない大きな愛をもらったと思います。一生返しても返しきれないほどの応援と関心を受けたので、大変なことになりました(笑)。どうやって返せばいいでしょうか。恩返しをすべきだという考えで、個人配信も始めました。ファンの皆さんと少しでも近くで会って、共に過ごしてから別れるのもいいかなと思ったんです。afreecaの配信で僕の一番好きなSC1をプレイしながら幸せウイルスを伝えれば、ファンの皆さんに楽しみを与えることができるのではないでしょうか」
キムテギョン[Bisu]は、まだSC1には完全に適応できていないと言います。しかし自分の以前のプレイを見たがっているファンのために、実力を育て続けることに集中する予定です。ある程度満足のいくレベルに上がって来たら、キムテギョン[Bisu]は『ソニックスターリーグ』にチャレンジしたいという考えも持っています。
「生半可な実力でリーグに出れば、ファンの皆さんをがっかりさせてしまうと思います。ファンの皆さんの応援に応えるためにも、一生懸命練習してからファンの皆さんが癒されるような実力を見せたいと思います。それが、僕がafreecaの配信をする理由です。人々はお金を稼ぐためだと誤解するかもしれませんが、僕の心が伝えられるなら、そのように非難されても構いません」
インタビューを始めたときキムテギョン[Bisu]は、「過去の栄光を語るには恥ずかしく、最近のSC2の話をするには大したことができなかったので、インタビューの量が確保できるだろうか」と心配していましたが、インタビューで終始キムテギョン[Bisu]は自分の現在の考えをじっくりと語りました。いつになく真摯な彼の話から、これまでのインタビューでは感じることのできなかった彼の「心」を感じることができました。
「こんなに幸せな記憶を抱いて去ることができてうれしい。大勢の人々に大きな愛をもらいました。僕が何をすることになっても、おそらくプロゲーマー・キムテギョン[Bisu]だった瞬間は思い出として僕とともにあるでしょう。それを忘れずに生きていこうと思います。ファンの皆さんにも、僕が幸せであるというニュースを聞いて幸せに感じてもらえるよう頑張ります。再び近況が伝えられる日まで、皆さん健康でお幸せに!僕を大事にしてくださったすべての方々に感謝しています!」
[デイリーeスポーツ イソラ記者 sora@dailyesports.com]
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